長崎てくてく旅⑤軍艦島


 
軍艦島

長崎港から南西に約19㎞の沖合いに位置する「端島はしま」

南北に約480m、東西に約160m、周囲1200m、面積約63000㎡という小さな海底炭鉱の島で岸壁が島全体を囲い、高層鉄筋アパートが立ち並ぶその外観が軍艦「土佐」に似ていることから軍艦島と呼ばれるようになりました。
まずは、高島へここで炭坑の歴史や軍艦島の説明を受けました。

軍艦島にはトイレがないのでここで必ず入っておくこと!

1810年石炭が発見、1869年炭坑の開発に着手、1890年三菱合資会社の経営となり本格的海底炭坑として操業。

1916年日本初の鉄筋コンクリート造の高層集合住宅が建設され3000人の人口となり最盛期の1960年代には5300人もの人々が住み、当時の東京都の9倍もの人口密度にまで達した。

1974年1月に閉山時は2150人が生活していた、しかし同年4月に無人島になる。

60年前の東京のテレビ普及率は8%軍艦島は100%

人口密度も日本一の場所でした。

日本初の鉄筋コンクリート造りの建物

屋上緑化庭園
神社やお寺、保育所までありもちろん病院も完備され唯一無かったのは火葬場と言われています。

映画館においては400席を誇るいまでいうロードショー封切り館とされ長崎の中で一番先に上映されたと言われています。

ビリヤード、パチンコなどの娯楽施設もあり電気屋さんにはいつも最新の製品が並び危険な炭坑の仕事が高収入であったことをそして消費するところがなかったことを裏付けています。

強風や高波により残念ながら上陸はできませんでしたが42年前の空間が止まったままであることは島の周りを船で巡ると感じとれます。


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