長崎てくてく旅⑥諏訪神社、眼鏡橋、ちりんちりんアイス


ジェットコースターのように揺れるクルーザーではきっと上陸は無理だろうなぁ〜と思っていたので残念でしたが船の上からみる軍艦島を多能して再び長崎港へ

上陸しなかったので予定より早く帰港、長崎くんちの諏訪神社に行ってみることに、すでに陽は傾きだれもいない神社にはくんちの準備が進められていました。


よく朝は晴れ

今日は眼鏡橋へ

眼鏡橋(めがねばし)とは長崎市の中島川に架かる石造二連アーチ橋である。架橋時、琉球王国だった天女橋を除くと、日本初の石造りアーチ橋である。1960年(昭和35年)に国の重要文化財に指定された
橋の長さは22m、幅3.65m、川面までの高さは5.46m。
1634年(寛永11年)興福寺の2代目住職、黙子如定(もくすにょじょう)が架けた[2]。1648年(慶安元年)の洪水で損壊するが、平戸好夢が修復している[2][3]。その他は高欄が破損して修復したと見られる形跡があるものの、流失することなく度重なる水害に耐えてきた[2][4]。1982年(昭和57年)の長崎大水害では中島川の橋が流失したが、眼鏡橋は半分程度損壊するという深刻な被害を受けたものの流失は免れた[5]。
修復のための部分解体調査で江戸期のものとみられる階段跡が左岸橋端から見つかったため、従来はスロープとなっていた橋端は階段へと変更された[6]。橋端は1873年(明治6年)頃、人力車通行のために階段をなくしたものと見られる。ただし眼鏡橋は1948年(昭和28年)以後、車両の通行が禁止されている[7]。
流出後、下流で見つかった石材については、復元時に再利用された[8]。眼鏡橋の辺りは増水時の氾濫対策として川幅を広げる必要があったが、橋などの姿をなるべく残すよう、川幅や橋はそのままにして、両岸の地下に暗渠式のバイパス水路を設けることで解決した[9]。この際、左岸側バイパス建設地の上から川の上にまで張り出した家屋や商店など46戸は約20年の交渉を経て全戸が移転し、跡地には歩道と街路樹が整備された。
ウキペディアより

ここでもハートの石垣が

修学旅行の生徒たちが一生懸命探しています。

川には鯉が泳いでいてとてものどかです。

長崎名物、ちりんちりんアイス!

バラの形でバニラのジェラードの食感は日差しが強く日影のない眼鏡橋付近ではひと時のクールダウン。


小学生達が羨ましそうに眺めて行きます。

引率する先生は乳製品、たまご、小麦粉、など原料を聞いていました。

アレルギーによる反応など今の先生は本当に大変だなあ〜と感じました。


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